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新しき古きもの
先日と同じく「つながりっぱなし宣言」より。

『もう新しい発見はありえない。もう歴史を変える発明も必要ではない。
あなたが発見したことは、私の心の中にすでにあるものであり、私が
思いついた企画は、あなたが昨日の夢の中で描いていた世界である。
そのことを、はっきりと自覚した上で、さあ、思いっきり、遊ぼうで
はないか。新鮮さとは、思い出の中でしか、もう、きらめかない。
覚悟を決めよ。』
| 言葉 | 23:07 | comments(7) | trackbacks(0)
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コメント
私は、誰かが以前に考えたことであっても、自分の中にあるものとは全く別ものだと思います。
誰かと全く同じ考えを持つということは有り得ないと思います。
そういう意味で、かっつんの考え方に危うさを感じてしまいます。
誰かの考えを鵜呑みにしてしまうのも危険だと思います。

引用するのも一つの方法だと思いますが、自分の言葉に置き換えて語ってみるということも出来ると思います。
| ともこ | 2004/10/11 11:36 AM |
時々、ありがちな言葉を再確認してしまうことがあって
今のことを言葉にすると・・・あーーーこれなんも新しい概念じゃないわって
でも既知の言葉を等身大で理解したり 自分の言葉にするのって
実際本を読んだりテレビを見たりして聞くのとはやっぱちがくて
ガコーーンとやられて既知の言葉の意味を知るというか
なにいってんだあたし

同じ一つの言葉でも一億の感覚があるというか
あたしは飲み込み方(飲み込む感覚)が大事かと。
あーあたりまえのこと書いてるな

言葉、言語の範囲ってやっぱり狭いから
わずかな違いが表せない 感覚の情報も少ない
そういう意味で 言葉は重複する 一億の情報を抱えて
| かよ | 2004/10/12 2:18 AM |
歴史は繰り返すと言います。
今流行りのファッションも、一昔前に流行ったものと同じものだったりします。
だから、母が過去(ツィギーと呼ばれていたころ。今は見るかげもない)着ていた服をタンスの奥から引っ張り出して、「これ新鮮」なんて思ったりします。

でも、70年代を生きた人、80年代を生きた人では、既知の物事の範囲が全く違います。
80年代を生きた人たちは、70年代を生きた人たちが経験しなかった時代を、経験するのです。
2000年を生きる私たちは、常に歴史を凌駕し続けるという意味で、常に新しい存在だと、新しいものを生み出している存在だと思いませんか?

人のブログで何ですが、
かよさんはじめまして。

時々読ませてもらっています。
| ともこ | 2004/10/12 9:43 AM |
ともこさんはじめまして〜。読んでいただいて有難うございます!
かっつんのブログ上で人に出会うのは かっつんも
よろこんでくれそうな気がするので じゃんじゃんやってきましょう。

物を創る側の立場として、当たり前に「新しい」と思ってきたけれど
なんかかっつんのこの記事は気になる。
そうかもと思ってきてる感じがする。
しかも他の人の心に既存してるからこそ
通ずるのかもしれないとか・・・
時間が経つほど 考えてしまうし
昨日書いた自分のコメントに疑問を感じてしまう。

はやくかっつんの説明聞きたいです。
| かよ | 2004/10/13 2:59 AM |
遅くなりました。ごめんなさい。

[考え について]

えーっとですね
まず 大前提として

「物理的な 体 としての個人は輪郭がはっきりしていて、自分・他人がわかりやすいけど、価値観や考え、感覚のような 頭(もしくは心) としての個人は輪郭がぼやけていて、自分・他人という線引きが出来ない。」

と、今のワタクシは考えています。

「思考・嗜好・志向」において、大まかに見ると、すべての人は大きな一つの流れに乗っていて、その意味では、確固たる「個」なんてものはない、と思うのです。たまたま、今、を切り取った時に「現在の自分の価値観・考え」があるだけなわけで。

だから、桂は物理的な「他人」と話をする、ということは、頭 の部分では「過去・未来の自分」と話をしている、とそう思うのです。

わかりにくいよなぁ・・・

例えば、本やblogを読んでいて、自分のぼんやり考えていたことがバシッと書かれていて、ついにやけてしまうことはありませんか?

桂は橘川さんや、木下愛郎さんや、神田昌典さんや農家ののりさんやアッキーや、ソウさんの言葉を読んだり、聞いたりしているとき、こういうことが良くあります。

心地よくてたまらないのです。

これは別に、鵜呑み、にしているわけではないと思います。
そのつど確信、はしますが。


[新しさ について]

>2000年を生きる私たちは、常に歴史を凌駕し続けるという意味で、常に新しい存在だと、新しいものを生み出している存在だ

というのは全く持ってそのとおりだと思います。
新しさは、次の一秒、一瞬。日々。

そういう意味において「のみ」、新しさ、という単語は輝く。

「新しさ」が追求する対象だった時代は、もう終わってしまったのです。
| かつん | 2004/10/14 10:44 AM |
ども。上記レスに意見をしたくても知らない方もいるし、
文字だけではやり取りできない人間なのでスルーします。
んで、「つながりっぱなし宣言」を先週から取ることにしたので
ありがとうを言いに来ました。かっつん、ありがとさん。
| くま | 2004/10/16 4:19 PM |
わーい!
こういう反応、やっぱり嬉しいです。

お楽しみにー
ではでは
| かつん | 2004/10/16 10:07 PM |
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